石庭というと、縁側から正対した「石庭の全景」を思い浮かべる。だが、実際にそういった画を撮ろうとすると、どうしても「柱」の存在が邪魔になってくる。上の写真は、柱を背にして撮っており、これ以上は引けない限界だ。残念ながら右の石も左の石も見切れてしまっている。
だが、「石庭の全景」を目を閉じて想起すれば、その構図の中には、すべての石も左右の塀もきっちりと枠内に収まっている。もちろん実際には柱があるから撮影不可能な映像だ。それは頭の中にしか存在しない理想的な石庭、つまり「形而上の石庭」。そこには「柱」は存在しない。その方が美しいから。
その頭の中にしか存在しない石庭を目に見える形で具現化するという。しかも、方丈の縁側とほぼ実寸大の横幅約16メートルの大きさで。今回の展示映像では、複数台のカメラによるパノラマにより「柱を消す」と聞いて胸が高鳴った。誰もが想起する、だが誰も見たことがない「理想の石庭」が見られると。その実現には大変な作業が要ることは想像はついたが、撮影に帯同しながら早くその完成映像を見てみたいと願った。
そして、年が明けた2013年3月18日、東京国立博物館での初の4K投影実験に立ち会わせてもらった。投影されたマルチスクリーンを見て思わず声が出た。風に揺れる木々、不意に訪れる小鳥、ついぞ変わらぬ石たち。そこには、様々な技術によって見事に具現化された「理想の石庭」があった。ディテールまできっちり表現出来る高精細な4K映像の圧倒的な美しさとともに、パノラマ撮影により純度100%に抽出された石庭がグイグイ迫って来た。そう、こんな「理想的な石庭」を見たかったのだ。
■ 撮影時の”引き”の弱さ?
—— 撮影も含めて大変だった点は何ですか?高橋 | 朝が全体的に早い点ですね(笑)。それから、やっぱり4台並べてパノラマにしているので「カメラの位置合わせ」ですよね。前回撮影時と同じ「同ポジション」を探すのですが、位置がズレていると、合成の段階で「ダメだこれ」ってなりますので。 |
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—— お寺のような古い木造建築は床が必ずしも水平じゃないですよね。
高橋 | 初回の秋の撮影時はその点で苦労したので、いろんな撮影用機材の開発をしました。でも一番苦労したのは記録媒体。4Kを撮るための「SSD」という記録媒体が非常に高価なものなのです。通常の撮影でしたら、普通のテープを「今回は20巻持っていこう」「30巻持っていこう」とできるのですが、今回は「SSD2本で何とかせねば」と。朝撮影すると一本撮り切って終わってしまうので、夕方撮影する前にコピーして保存しないといけないんですよ、他の記録媒体に。 |
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藤原 | 安いハードディスクにね。 |
高橋 | つまり、早朝4時、5時から撮影して、朝8時に撮影が終わり、ホテルに帰ってひたすらデータのコピー作業をしなければいけない。で、ほぼ寝ないで夕方の撮影に向かったり。それを連日繰り返していると、そのうち時間の感覚がグチャグチャになるんですよね(笑) |
甲斐 | 情報量が多いので、データ量も大きくて。 |
—— すべての作業に時間がかかりそうですね。
甲斐 | われわれはテープで撮ったものをどう保存するかというノウハウはあるんですけど、今回は記録媒体がメモリなので、撮影した貴重な映像が飛んでしまうというリスクがあって。だから必ずバックアップをすぐ取る。しかも必ず2つは取る。高橋一徳さんの部屋と僕の部屋でパソコンと転送装置を組むんですが、機材が溢れて怪しい人の部屋みたいになりまして(笑) |
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—— SSDをコピーして空にしないと次の撮影に臨めないということですね。
甲斐 | 相手は自然なので、可能ならばずっと「長回し」、つまり長時間撮影をして、風が吹いたり、鳥が飛んだりといった良いところが撮りたいんだけど、そうするとメモリがなくなるので、風など微妙な気象状況の変化などを直感的に読んで「来たな」ってときにRECを押す。 |
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高橋 | 「今、いい感じで鳥が飛んだのに回していなかった」ということもありました。そういう時は自分の「引き」の弱さを感じましたね(笑) |
■ 通常の16倍のデータ量
藤原 | 大変だった点と言えば、4K自体も初めての経験の上、データ量が普段扱っているものの4倍なので。 |
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—— そういうデータ量になるワケですね。
藤原 | 4倍っていうのは、あくまで1カメラあたりの話です。それが4台あるので、一個のシーンを作るのに、今までの作業の16倍のデータを扱わなくてはならないのです。データの転送も大変でしたし、そのデータの置き場所にも本当に苦労しました。 |
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堤 | 私はワークステーションで映像処理の作業を担当したのですが、撮った画面のサイズがとても大きいので、完成した映像の全景を通常モニターのサイズではもちろん見られないんですよね。本番では幅16メートルのスクリーンに映すので、スペース的にも手軽に実写実験はできない。なので、「これが大きな画面に映されたらこう見えるだろうな」ってことを常に想像しながら作らなければいけないのが一番難点でした。 |
—— PCを何台か並べて作業されていたわけではないのですか?
堤 | そうではないんですね。PC1台の画面の中に映像を目一杯大きくして作業を行い、あくまでも自分の想像の中で「きっとここはこういう風に見えているはずだ」と考えながら作っていかなければならない。それがすごく大変でしたね。 |
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—— 試写は、ドキドキですね?
堤 | そうです。もうドキドキで(笑)。映してみないとわからないので。 |
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藤原 | 2013年3月に東京国立博物館で4Kのマルチスクリーンテストを行い、初めて本番と同じ大きさの映像を見る機会がありました。秋冬に撮影したものをここまで4Kで確認出来ずにいたのですが、大画面で見ると、葉っぱが風にそよぐ様子など、肉眼では見落としてしまうほんの小さな動きもよく見えるのです。この投射テストで、ようやく皆「これはいける」と百パーセント確信したのです。あのときに感じた映像の迫力、味わった没入感。やっぱりハイビジョンだとさすがにわからない。 |
甲斐 | あそこで確信を持てましたね。 |
藤原 | だから、3月テスト後の桜の撮影は非常に明るい気持ちで迎えました(笑)。 |
甲斐 | 初めてこれで良かったんだなっていう安堵感を持って撮影できたという・・・。 |
■ 「ワンループ4分」で味わえる四季
—— 今回の展示映像を鑑賞する方に注目して欲しい点や気づいて欲しい点はどこですか?甲斐 | 4Kなので、砂の粒、葉っぱのギザギザ、桜の花びらも見えます。個人的には「桜のシーン」でしょうか。一番キレイに撮れていると思っています。桜の花びらが手前に散って来るんですけど、そのときの奥行き感っていうのが、やっぱり普通のモニターでは表現できないレベルです。そこの立体感が見どころのひとつかなと思っています。 |
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藤原 | 3Dじゃなくても立体的ですね。 |
高橋 | 普通のカメラより4Kのカメラって「人間の目」の能力に近いものまで撮れるんですよね。例えば、普通のカメラなら真っ黒になって全然陰影もわからない暗いところも、今回の4Kのカメラならちゃんと映るし、明るいところも映る。ですからうっすらした「雲の流れ」もわかるんですよ。ご家庭ではあまりこういう高精細な映像を見ることは出来ないと思いますが、そういう細部の明暗も人の目に非常に近い状況で表現できているので、ぜひ会場でご覧いただきたいですね。 |
—— 藤原さんはいかがでしょう?
藤原 | ワンループ約4分の展示映像の中で、「石庭の四季」を楽しめるっていうのは京都に行ってもできないことなので、これはぜひちょっと体験して欲しいかな、と。 |
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堤 | CG担当という視点から言うと、皆さんに「気づかれないように」頑張っているんです(笑)。4台のカメラがどこでどう繋がっているのだろうっていうのもおそらく見てわからない。3台のプロジェクターで打っている継ぎ目もおそらくわからないでしょう。それらに気づかずにこの映像を見てもらえれば嬉しいですね。 |
—— 自然に楽しんでくださいってことですよね。
堤 | そうです。そういう技術的なところを感じずに、純粋に庭の四季を楽しんでもらいたいなと。 |
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—— これからまだ作業はされるのでしょうか。
堤 | そうですね。 |
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—— では、試写会よりさらにバージョンアップ、ですね。完成版を拝見できる日を楽しみにしています。
取材・文/黒岩 広義(108UNITED)