展覧会の季節。上野の東京都美術館や、六本木の国立新美術館で、団体展が次々に開かれ、美術番組を担当していた私は、展覧会を“ハシゴ”して、かつてインタビューした画家さんの新たな作品と対面し、懐かしく楽しい時間を過ごします。
錦秋の奈良では、恒例の正倉院展が開催されます。
もう10年近く前になりますが、日曜朝の『皇室日記』で、正倉院宝物の管理・保存をする宮内庁正倉院事務所を訪ねました。
修補室では、熟練の技官が、古代裂の糸目を一本一本そろえ、裏打ちする仕事にいそしんでいました。
一隅で、若い技官が机の上に広げていたのは、薄茶色の糸くずのかたまり。劣化し、混ざり合った染織品を選り分ける、修復の最初の段階です。時々取り除いている小枝は、校倉造りの隙間から入り込んだ小鳥の巣の材料とか…いつの時代の小鳥の仕業?
一日に分類できる量は「こぶし一つ分ほど」だそうで、全部を終えるには、「あと数十年かかります。」若い技官が定年を迎えるころには、糸くずの宝物は選り分けられているでしょうか。
「お仕事のどんなところが楽しいですか」という私の質問に、技官は淡々とした口調で、
「そうですね…たとえば、レストランのシェフだったら、自分の作った料理を、目の前のお客さんが『美味しい』と言ってくれる喜びがあると思うんですけれど、僕の仕事は、そういうことはない。でも、もしかしたら、千年後の人が感謝してくれるかもしれない、と思ってやっています」
千年を超える歴史の名残を、千年先の人々に、美しい形で引き継ぐ仕事。
こちらの心まで、時空を超えて、羽ばたくような思いがした、取材の一コマでした。
平成27年11月「皇室日記」放送より