
奈良時代にスーパーマンのような才能を持ち、インディジョーンズのように破天荒な人生を送った男がいた。学者で政治家の吉備真備(きびのまきび)だ。彼は、19年も中国の唐に滞在して、最先端の文化を日本に伝えた。そんな真備の冒険を描いた大和絵の傑作が、ボストン美術館のコレクションである「吉備大臣入唐絵巻」だ。英語だと「Minister Kibi's Adventures in China」、つまり「吉備大臣の中国大冒険」と訳される。描かれている物語もユーモラスで、今で言う「冒険活劇ファンタジー」だ。遣唐使である真備が、唐の人々によって仕掛けられる罠に対し、不思議な力で切り抜ける様子が描かれており、現代のアニメーションのようだ。鬼になった阿倍仲麻呂が登場したり、超能力で空を飛んだりもする。この作品は「鳥獣戯画」と並び、「アニメーションの原点のひとつ」と言うべき絵巻物なのだ。
12世紀末頃、複数の絵師によって制作されたものと考えられている。1964年「東京オリンピック記念特別展」で里帰りした際、約24mにも及ぶ1巻の長い絵巻から、現在の4巻に改装された。そして、1983年、2000年、2010年、2012年と5回里帰りし、2020年という特別な年に再び公開されるのだ。

遣唐使は630年に始まり、計15回も唐へ優秀な人材が派遣された国家プロジェクトだった。しかし、遣唐使の約4分の1が沈没や漂流などで帰らないという危険な冒険でもあった。吉備真備が唐に渡ったのは、20代前半の頃。最新の文化が集まる都、長安で遣唐使たちは猛勉強の日々を送った。そして、真備の留学から帰国したのは、40歳の時。彼は、中国語、儒教、軍事、律令制度、天文学、音楽まで幅広くマスターしていたと考えられている。さらに真備は57歳の時、再び唐に渡った。この時の様子を伝説として描いたのが「吉備大臣入唐絵巻」だ。絵巻は、彼の武勇伝を伝えるために描かれたのだろう。現代の伝記、あるいはドキュメンタリー映画のような存在だったのかもしれない。
真備があまりに才能溢れるので幽閉され、唐の人々が難問を突きつけ、解けなければ殺そうとするものの、阿部仲麻呂の霊に助けられるといった説話が絵巻物として描かれている。しかし、真備が2度目に唐に渡った時、実際には仲麻呂は生きていたので、この絵巻はあくまでもファンタジーなのだ。
ナカムラクニオ/Kunio Nakamura
荻窪「6次元」店主/ライター。
著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『魔法の文章講座』『世界の本屋さんめぐり』など多数。 参考文献:
『名品流転―ボストン美術館の「日本」』(NHK出版)
芸術×力 ボストン美術館展
会場:東京都美術館
会期: 2020年4月16日(木)〜7月5日(日)