スペシャル

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)
鎌倉時代、13世紀後半
Fenollosa-Weld Collection

スペシャル

ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密
アートナビゲーター ナカムラクニオ

2020.03.05
第6話
吉備真備の終わらない冒険
6-2
「吉備大臣入唐絵巻」と関東大震災

この絵巻が市場に出たのは、1923年(大正12年)だった。小浜藩酒井家の遺産分与のため東京美術倶楽部の売立に出され、大阪の古美術商、戸田弥七が18万8900円で落札した。現在の金額に換算すると数億円といったところだろうか。
東京美術市場史によると、大正時代に落札された中で最も高かったのは、土佐信実の「三十六歌仙巻」で、30万3000円。国宝となった「曜変天目茶碗」は、16万7000円、雪舟の「真山水図」は14万5900円だった。そう考えると、「吉備大臣入唐絵巻」の18万8900円が、いかに高いかよくわかる。しかし、絵巻を落札した弥七が、売りに出そうとした直後の9月1日に関東大震災が起きてしまった。
そして、日本は復興が最優先になり、入札なども一時停止してしまう。さらに、大震災による不景気で数年間、買い手がつかず、最終的に古美術を広く海外に売っていた山中商会に斡旋を依頼した。もし関東大震災が起きなければ、この絵巻物は、どこかの財閥が手に入れていたのかもしれない。

日米友好の絵巻物

「吉備大臣入唐絵巻」は、その後も売れることはなく、市場をさまよっていた。そして、9年後の昭和7年(1932年)、ボストン美術館の東洋部長を務める富田幸次郎が来日して、21万数千円で購入することになった。富田幸次郎は、岡倉天心の弟子であり、漆芸研究のため留学した後、56年間もボストン美術館に勤めた人物だ。
美術館は、購入資金を集めるために他の作品を売却して、この絵巻を購入した。記録によると売られたのはビゲローの遺品である310点。葛飾北斎の貴重な肉筆浮世絵などを中心に売却された。当時、肉筆の浮世絵は日本にはほとんど残っていなかったため、価値が高くなっていたのだ。
こうやって「吉備大臣入唐絵巻」の変遷を追ってみると様々なドラマがあって興味深い。平安時代に、後白河法皇が絵師に描かせたと考えられている冒険絵巻が、戦乱の世を避けていつしか若狭の国へ疎開し、さらに、関東大震災の後、アメリカに疎開して大切に保管され、日米友好の架け橋となってきたわけだ。
「吉備大臣入唐絵巻」を見つめるときに吉備大臣の冒険だけでなく、この絵巻そのものの冒険物語も忘れてはいけない気がする。

 

 

ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密、その6。

「吉備大臣入唐絵巻」は、関東大震災による不景気が原因で、ボストン美術館に渡った。

 

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ナカムラクニオ/Kunio Nakamura

荻窪「6次元」店主/ライター。
著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『魔法の文章講座』『世界の本屋さんめぐり』など多数。


 

参考文献:

『名品流転―ボストン美術館の「日本」』(NHK出版)

 

 

芸術×力 ボストン美術館展
会場:東京都美術館
会期: 2020年4月16日(木)〜7月5日(日)