スペシャル

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)
鎌倉時代、13世紀後半
Fenollosa-Weld Collection

スペシャル

ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密
アートナビゲーター ナカムラクニオ

2020.01.23
第4話
修復するは我にあり
4-1
秘密の「畳部屋」に潜入

「どうも、どうも。こちらへどうぞ」
ボストン美術館の中にある修復室へ入ると、日本語ペラペラのフィリップ・メレディスさんが迎えてくれた。大きな部屋に畳がずらりと並んでいる。まるで日本に帰ってきてしまったような不思議な光景だった。そこには、今回のボストン美術館展に出品されるために修復されたばかりの伝狩野永徳の屏風、狩野探幽、増山雪斎の掛け軸などが、ずらりと並んでいた。映画に出てくる地下の秘密基地のような感じだった。
修復師であるフィリップさんは、イギリス人。京都で文化財の修復を手がける屈指の修復工房で11年修行した後、オランダのライデン博物館で修復部長として勤務した。そして、ボストン美術館に入ったのだという。
ボストン美術館では、徹底した修復を行っていた。まずは、最新の電子機器を使って状況を調査する。さらに顔料を分析し、描かれた時代と同じ顔料を突き止める。そして、最小限の修復を施し、基本的には描き加えたりしないのだとか。重要な仕事は、絵の具のはく落を防ぐ措置。後補のものは取り除き、古い紙が痛んでいたら和紙で裏打ちをする。のりは、小麦粉を水で溶いて、10年間寝かせたものを使う。接着力が、ほどよく弱い方がいいのだ。100年経っても、また同じように修復できることが大切らしい。修復には、奈良県産の和紙「白雪」という和紙が使われていた。和紙は破れにくいだけでなく、折り曲げを繰り返しても破損しない強靱さとしなやかさががあるのだ。
この他にも仏像の修復室や成分分析の機械なども見せてもらった。まるで病院にいる患者のように丁寧に治療されている日本の古美術品を見て、とてもうれしく感じた。

 
第2の若冲、増山雪斎って誰?

今回、修復されてボストン美術館展のため初里帰りするのが、「孔雀図」だ。作者は、華麗な花鳥画で知られる増山雪斎(1754-1819)。伊勢長島藩(現在の三重県桑名市)第5代藩主でありながら、書画、詩文、茶などの趣味人として活動したことが最近注目されている。現代の言葉でいうと大名と絵師の「パラレルキャリア」だ。
フィリップさんに「増山雪斎を修復していかがでしたか?」と訊ねると、「細密描写が、とてもいいですよ」との答え。「表装が、かなり古くなっていたので、すべて取り替えました」と、取り付けたばかりの「軸」を見せてくれた。中国風の花鳥画なので、軸も中国風に仕立ててあった。修復にかかった時間はおよそ1年。「日本で展覧会があるから修復できる。展覧会を企画して頂くのはとてもありがたいことです」と、うれしそうに話していたのが印象的だった。
増山雪斎は、これまで東京で大きな展覧会が開かれることがなかったが、鮮やかな色彩と写実表現には独特の魅力がある。とても純粋な眼で対象を眺めているような絵だ。
中国清代の画家、沈南蘋に学び、伊藤若冲のような細密描写が得意なのだ。いつの日か「第2の若冲」と呼ばれるようになるかもしれない。増山雪斎は、南蘋派花鳥画家としても、江戸博物学の画家としても興味深い。東京国立博物館には、彼が残した精密な写生画も所蔵されている。特に、細やかな写生で小さな「虫」を描いた博物図譜は秀逸だ。

活動は絵画のみならず本もたくさん執筆し、現代のマルチアーティストのようだ。囲碁について書いた『観奕記』や、書画について書いた『松秀園書談』、煎茶について書いた『煎茶式』などの著作も残している。なんと多趣味な人だろう。政治家としてではなく、文人として非常に広範囲に関心を広げた人であったことがよくわかる。今回の修復を終えて、初来日するのは、吉祥モチーフを濃密な彩色で精緻に描いた「孔雀図」だ。これもやはり南蘋風のきらびやかな花鳥画だ。左幅は、白孔雀。背景には、「かいどう」と「ぼたん」の花。この花の組み合わせは人々が富み栄えることを意味する「満堂富貴」(まんどうふうき)という画題。右幅は、孔雀の背後に、木蓮、笹やバラなどの草花が咲き誇り、同じくおめでたいテーマを描いている。
写実的で装飾的な画風の円山応挙も若い頃は、やはり南蘋に学んだ。司馬江漢も与謝蕪村も南蘋風の絵を描き、大きな影響を受けている。「異国」を大胆に取り入れ進化してきた日本美術史の中で「南蘋派」は、これからますます重要な一派となるに違いない。そう考えるとまだまだこれから評価が高まると思われる増山雪斎にスポットライトを当てるのは、非常に重要な試みだといえるだろう。

 

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ナカムラクニオ/Kunio Nakamura

荻窪「6次元」店主/ライター。
著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『魔法の文章講座』『世界の本屋さんめぐり』など多数。


 

参考文献:

『岡倉天心 ―アジア文化宣揚の先駆者―』(吉川弘文館)
『名品流転 ―ボストン美術館の「日本」』(NHK出版)

 

 

芸術×力 ボストン美術館展
会場:東京都美術館
会期: 2020年4月16日(木)〜7月5日(日)