マージョリー・メリウェザー・ポストは、なぜこれほどまでに成功したのか?
ポストは、27歳の時に父親が亡くなり、受け継いだ食品会社の社長を務め、さらに事業を発展させ、大金持ちになった。ビジネスマンであり、慈善家であり、蒐集家でもあったのだ。彼女がコレクションした美術品の数は、16,000点以上。もはやポスト自身が実際に身につけたアクセサリーだけで美術館が作れるほどのコレクションを所有していた。「歩く美術館」という感じだ。
彼女は、4回結婚したが、3番目の夫は、旧ソビエト連邦のアメリカ大使を務めたジョセフ・E・デイビスという元弁護士だった。そのため、ポストは、ソ連から多くの貴重なロシアの芸術作品を入手した。スターリンの支配下にあったソビエト政府は、ロシア革命後、ロマノフ家や元ロシア貴族から押収した美術品を販売し、外貨を稼いだのだ。しかし、現在ではロシアにも残っていないような貴重な美術品をアメリカが保存したことで、タイムカプセルのような役目を果たしているのだという。ロシア美術の研究者が本国からもやってくるらしい。 これは、明治期に日本美術を収集したアメリカのおかげで貴重な作品が後世に伝えられたことと同じ現象だといえる。
金色に光るタペストリー、フランスの高級磁器セーブルの華やかなティーセット、ゴブラン織りの椅子、数えきれないほどのイースターエッグやイコン。
ポストは、サンクトペテルブルクのキャサリン宮殿に飾られていたシャンデリアの下で食事するのがお気に入りだったそうだ。30人ほどが働いていたというキッチンまでもが公開されており、当時の華やかな暮らしぶりが伺える。
そんな美しい邸宅美術館の広間には、彼女自身の大きな肖像画が飾られていた。胸には、お気に入りだったエメラルドのブローチが大きく光り輝くように描かれていた。それは、まさにあの巨大なブローチだった。
彼女の波瀾万丈の人生を知ってからボストン美術館展のエメラルドを眺めると、きっとガラスケースの前から動くことができないだろう。
緑色に輝くエメラルドのブローチは、アメリカで最も成功した女性が手に入れた「芸術」と「力」の結晶であり、「芸術と権力」をテーマとした展覧会に最もふさわしい作品なのだ。
ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密、その7。
巨大なエメラルドのブローチは、「アメリカで最も成功した女性」と呼ばれた実業家が愛した宝石だった。
2019年執筆
ナカムラクニオ/Kunio Nakamura
荻窪「6次元」店主/ライター。
著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『魔法の文章講座』『世界の本屋さんめぐり』など多数。
芸術×力 ボストン美術館展
会場:東京都美術館
会期: 2020年4月16日(木)〜7月5日(日)