岡倉天心の代表作と言えば、やはり『The Book of Tea(茶の本)』だ。1906年(明治39年)に、ボストン美術館で中国、日本美術部長を務めていた天心が、ニューヨークの出版社から刊行。日本の茶道を欧米に紹介し、西洋に語りかける東洋の美点をまとめた哲学書といった感じの薄くて濃い一册だ。 アメリカ人に、ユーモアをもって日本の良さ、東洋が西洋に対して誇り得るものを、茶道を中心に心ゆくまで語り尽くしている。全編に溢れている彼の東西文化に関する深い造詣は、何度読んでも心地よいリズムを感じる。まるで岡倉天心の演説を聴いているような気持ちになる。 この『The Book of Tea(茶の本)』が出版されるまでの経過についてはいろいろな説がある。一説には『茶の本』は、ボストンでの講演を記録したものだと言われている。しかし、一回の講演にしては長過ぎるし、話が複雑だ。おそらく、天心の二回目のボストン美術館勤務期間中、1905年に天心を囲む婦人の勉強会があって、この連続した講義をまとめたのが『茶の本』だったのではないかと思う。天心の招きに応じて彼女たちは、漆器や金工品を入れる袋を縫うために集まった。それ以後、何回かあった会のたびに、天心が『茶の本』を1章ずつ話しては、原稿をゴミ箱に捨てた。それを助手のマックリーンが拾って、ラファージという知人に見せた。さらに、そこにラファージが手を加えて出版することになったという話も残っている。美術館の記録にも、天心が日本美術や日本の理想についての話をしたり、婦人連の持って来る花を生けたりしたとある。
『The Book of Tea』には、こんな文章がある。「It has not the arrogance of wine, the self- consciousness of coffee, nor the simpering innocence of cocoa.(茶は、ワインのようにもったいぶったりしない。コーヒーのような自意識も、ココアのような間の抜けた幼稚さもない)」
岡倉天心は、ボストンで上流階級の人々に、『The Book of Tea(茶の本)』を紹介することで、茶を高級品として売り込むことに成功した。日本の文化大使として、茶道は世界各地に知られることとなり、輸出用の緑茶が世界に普及。茶は、高級品へと進化した。こういった岡倉天心の功績はあまり語られないが、美術品だけでなく、日本文化そのものを世界に広めたということこそが、彼の重要な仕事なのだろう。