撮影のために、ヨーロッパの古楽器「キタラ・バッテンテ」を見せてもらった。イタリアのルネッサンスからバロック時代に使われたギターの祖先のような弦楽器で、「弦を打ちつけるギター」という意味がある。金属の弦が張られ、華やかな螺鈿(らでん)によって全体が装飾されている。螺鈿の歴史は古く、紀元前3000年頃のエジプト文明にまで遡る。貝殻を薄く切り抜き、木材にはめ込んだ後、磨き上げることで、貝殻の持つ虹色の輝きを出すことが出来るのだ。この螺鈿は当然ながら時間とお金がかかるので、世界中の権力者たちが愛した技法でもあるのだ。
ボストン美術館が所有するこのギタラ・バッテンテは、1720年代にイタリアで活躍したヤコポ・モスカ・カヴェッリという職人によって、1725年に製作されたもの。全長93 センチほどの小さなギターという感じだ。現在普及している一般的なギターと違い、金属製の弦をマンドリンや琵琶のように搔きならすそうだ。実は、このような古楽器もボストン美術館の公式ホームページ(https://www.mfa.org)で演奏会の情報が公開され、いつでも作品を耳で楽しむことが出来る。
美しい装飾が施されたヘッドの部分には、ローマの名門貴族であるキージ家とパンフィーリ家の紋章が入っている。詳しくはわからないが両家による注文か、両家が製造者のパトロンであったと考えられる。明らかに演奏を目的とした一般的な楽器とは違っていて、「贈答用か、飾るために作られたのでは?」と学芸員の方は言っていた。
このギタラ・バッテンテを見た時、すぐに思い出したのは、きらびやかな螺鈿の装飾が美しい正倉院の「螺鈿紫檀五絃琵琶」だ。五絃琵琶は、インドで生まれ、中国の唐で8世紀頃製作された。シルクロードを通って日本にやってきた文化の代表的な存在でもある。これは、もちろん1200年前の最高権力者の宝物であり、最高の技術と素材が使われている。一方、ボストン美術館のギタラ・バッテンテも当時の権力者の宝物としてシルクロードの西の果て、ローマで作られている。つまり、シルクロードを両端で「五絃琵琶」と「ギタラ・バッテンテ」が存在しているということになる。そう考えると、このギタラ・バッテンテが正倉院にある五絃琵琶の遠い親戚のように感じ、愛おしく思えるのだ。ちなみに、このギタラ・バッテンテは、ボストン美術館展に出品されるので、ぜひシルクロードを通じた文化の交流に思いを馳せながらじっくり見つめて欲しい。ボストン美術館は、どこを歩いていても迷路のようだが、最後には必ず「日本」にたどり着いてしまう。世にも奇妙な美の迷宮なのだ。