スペシャル

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)
鎌倉時代、13世紀後半
Fenollosa-Weld Collection

スペシャル

ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密
アートナビゲーター ナカムラクニオ

2020.01.09
第3話
世界をつなぐ美術館
3-2
コンサートホールとしての美術館

ボストン美術館は、迷宮だ。まるで富士山の麓の樹海のように方向感覚が無くなる。美術館に入ってまず驚いたのは、展示室で音楽のコンサートを開催していたことだった。ホールで関連イベントを行うというのはよくあるが、展示室にいきなりイスを並べ、展示された楽器に囲まれながら演奏会を行うなんて、他の美術館では見たことがない。
「美術館の中でコンサートなんてすごいですね」と言うと、担当の学芸員の方は「楽器は、世界最高の芸術作品だよ」と言った。
コレクションされている楽器は実に幅広い。チェンバロやピアノが完成する前の鍵盤楽器、世界の珍しいギターからはじまり、アジア、アフリカ、中近東の古代楽器、日本の雅楽器まである。「なぜ楽器の収集にこれほどまで力を入れているんですか?」と訊くと、「ボストンと言えば、ボストン交響楽団だからね」とアメリカンジョークのような答えが返ってきた。確かに、ボストンと言えば、かつて小澤征爾さんが指揮をしていたこともあるボストン交響楽団が有名だ。思わず「ですよね……」と、納得してしまった。

シルクロードの東西をつなぐ

撮影のために、ヨーロッパの古楽器「キタラ・バッテンテ」を見せてもらった。イタリアのルネッサンスからバロック時代に使われたギターの祖先のような弦楽器で、「弦を打ちつけるギター」という意味がある。金属の弦が張られ、華やかな螺鈿(らでん)によって全体が装飾されている。螺鈿の歴史は古く、紀元前3000年頃のエジプト文明にまで遡る。貝殻を薄く切り抜き、木材にはめ込んだ後、磨き上げることで、貝殻の持つ虹色の輝きを出すことが出来るのだ。この螺鈿は当然ながら時間とお金がかかるので、世界中の権力者たちが愛した技法でもあるのだ。
ボストン美術館が所有するこのギタラ・バッテンテは、1720年代にイタリアで活躍したヤコポ・モスカ・カヴェッリという職人によって、1725年に製作されたもの。全長93 センチほどの小さなギターという感じだ。現在普及している一般的なギターと違い、金属製の弦をマンドリンや琵琶のように搔きならすそうだ。実は、このような古楽器もボストン美術館の公式ホームページ(https://www.mfa.org)で演奏会の情報が公開され、いつでも作品を耳で楽しむことが出来る。
美しい装飾が施されたヘッドの部分には、ローマの名門貴族であるキージ家とパンフィーリ家の紋章が入っている。詳しくはわからないが両家による注文か、両家が製造者のパトロンであったと考えられる。明らかに演奏を目的とした一般的な楽器とは違っていて、「贈答用か、飾るために作られたのでは?」と学芸員の方は言っていた。
このギタラ・バッテンテを見た時、すぐに思い出したのは、きらびやかな螺鈿の装飾が美しい正倉院の「螺鈿紫檀五絃琵琶」だ。五絃琵琶は、インドで生まれ、中国の唐で8世紀頃製作された。シルクロードを通って日本にやってきた文化の代表的な存在でもある。これは、もちろん1200年前の最高権力者の宝物であり、最高の技術と素材が使われている。一方、ボストン美術館のギタラ・バッテンテも当時の権力者の宝物としてシルクロードの西の果て、ローマで作られている。つまり、シルクロードを両端で「五絃琵琶」と「ギタラ・バッテンテ」が存在しているということになる。そう考えると、このギタラ・バッテンテが正倉院にある五絃琵琶の遠い親戚のように感じ、愛おしく思えるのだ。ちなみに、このギタラ・バッテンテは、ボストン美術館展に出品されるので、ぜひシルクロードを通じた文化の交流に思いを馳せながらじっくり見つめて欲しい。ボストン美術館は、どこを歩いていても迷路のようだが、最後には必ず「日本」にたどり着いてしまう。世にも奇妙な美の迷宮なのだ。

 

 

ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密、その3。

過去の美術品を収集するだけでなく、「生きた美術館」として機能している。

 

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ナカムラクニオ/Kunio Nakamura

荻窪「6次元」店主/ライター。
著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『魔法の文章講座』『世界の本屋さんめぐり』など多数。


 

参考文献:

『名品流転―ボストン美術館の「日本」』(NHK出版)

 

 

芸術×力 ボストン美術館展
会場:東京都美術館
会期: 2020年4月16日(木)〜7月5日(日)