本作は、1888年から1890年までのパリ滞在のあいだに描いた4点の油彩画連作の中で、最もサイズが大きいものです。肖像を描く際、家族や友人等、親密な関係の人物をモデルにするのが画家の常でしたが、父の死後、遺産を相続して経済的なゆとりができたため、ポール・セザンヌはミケランジェロ・ディ・ローザというイタリア人少年の職業モデルを雇い、肖像画の連作に取り掛かりました。背景の右側に連なる曲線は、それが緩やかに波打つ布であることが容易にはわからないくらい抽象化が進められています。いっぽうで、その布の存在や腰に手を当てたポーズ、そして物憂げな表情は、美術史上の過去の肖像画の作例を彷彿とさせます。ここにはルーヴル美術館での模写に代表される、画家の伝統的な美術に対する意識が反映されていると言えるでしょう。過去の伝統に敬意を払いながらも、革新的な表現を進めたセザンヌの最良の瞬間の一つが、本作には体現されています。