コラム COLUMN
ズドラーストヴィチェ(こんにちは)!
アートライターの木谷節子です。
前回は2回にわたってサンクトペテルブルクのお役立ち情報をお届けしましたが、今回からやっとアートに特化した(?)レポートです。
まず本日ご紹介するのは、「ネフスキー大通り」。今までもちょくちょく出てきたので、もう名前を覚えられた方も多いでしょう。「旧海軍省」(その向いがエルミタージュ美術館)からロシアの聖人の名前を冠したアレクサンドル・ネフスキー大修道院に至るこの通りは、サンクトペテルブルクの東西に延びる目抜き通り。とくに「モスクワ駅」までの約2.5㎞半にわたる主要部分には、百貨店、映画館、ホテル、レストラン、そして高級ブランドからファストファッションまであらゆるお店が軒を連ねています。印象としては、パリのシャンゼリゼ通りや東京銀座の中央通りのように、お上品なマダムが行きかうシックな通りというよりは、もっと雑然としていてカジュアルな感じ。300年の歴史を誇るわりに「若い」雰囲気があるのは、現在のネフスキー大通りの商店街自体が社会主義体制崩壊後にできたから、というのも大きな原因ではあるようです。
とはいえ、さすが帝政ロシア時代からのメイン・ストリートというだけに、その街並みは壮観です。ほぼ同じ高さにそろえられた建物の合間に、バロック風、クラシック風、アール・ヌーヴォー風と様々なスタイルの旧貴族の大邸宅や商店が並び、カザン聖堂をはじめとする荘厳な教会が立っています。ショッピングやグルメはもちろん、建物の表情を見ながらぶらぶら歩くのも楽しいはず。
また、この通りを文学的に楽しみたい人は、19世紀ロシアの文学者ゴーゴリの中編小説『ネフスキー大通り』をぜひお読みください。この小説の冒頭では数ページにわたって、当時のネフスキー大通りの様子が、生き生きと描写されています。ただし当時、華やかでにぎやかだったのは中心街のみ。街の中心を外れてネフスキー大通りを一歩裏に入れば、そこは庶民のアパートがひしめいており、ロシア革命前夜には、こうした裏通りが革命思想の温床となりました。ちなみに現在のサンクトペテルブルクは、化粧直しも済み、きらきらしていますが、社会主義時代はもっと暗~く、どんよりしていたのだとか。そんな凄味のあるネフスキー大通りもちょっと見てみたかったものです。
さて、このネフスキー大通りが、貴族の邸宅や教会が立ち並ぶ華やかな通りになったのは、18世紀後半、エルミタージュ美術館の生みの親エカテリーナ2世の治世からと言われています。当時の名残をひとつあげるとすれば、ネフスキー大通りとモイカ川が交差する場所に立つ「ストロガノフ宮殿」。家伝の料理「ビーフストロガノフ」でも有名な名門貴族、ストロガノフ家の邸宅です。この一族は、もともと製塩業や製鉄・製銅業で財をなした大富豪で、ピョートル大帝の時代に爵位を授けられました。芸術、文学、考古学などあらゆる学芸のパトロンだったことでも知られ、その美術コレクションの規模は、ロマノフ家、つまり皇帝のコレクションにも匹敵したと言われています。本展で美しい《自画像》が出品されるヴィジェ=ルブランを庇護したのも、当時のストロガノフ家の当主、アレクサンドル・ストロガノフ伯爵でした。
このヴィジェ=ルブランは、フランス王妃、マリー・アントワネットお抱え画家。女性ならではの視点で、モデルの髪型や衣装をプロデュースし、現実よりちょっぴり可愛く美しく描いた肖像画で、王妃をはじめ、ヴェルサイユの貴婦人たちから絶大な信頼を得ていました。しかしフランス革命後は亡命を余儀なくされ、ヨーロッパ各地を転々とした後に、サンクトペテルブルクで数年を過ごしています。
ヴィジェ=ルブランの著書『回想録』を紐解くと、彼女は、ストロガノフ伯爵がフランスに滞在した時に、彼の肖像画を描いたということです。そんな縁もあってか、彼女は当地の社交界にとても暖かく迎えられています。エカテリーナ2世の覚えもめでたく、ストロガノフ家と双璧をなした名門ユスポフ侯爵家の夫人像など、王侯貴族の肖像画を数多く制作。女帝没後、パーヴェル1世の世となった1800年には、サンクトペテルブルクの美術アカデミー会員にも選ばれています。その時アカデミーの院長だったのも、ストロガノフ伯爵でした。
本展で紹介されるヴィジェ=ルブランの《自画像》は、彼女が美術アカデミーに献呈し、後に、エルミタージュ美術館に移送された作品です。とても可愛らしい自画像ですが、計算すると、この時彼女は45歳。もともと彼女は卓越した絵画技術に加えて、その美貌でも顧客の心を惹きつけた画家ではあったのですが……、それにしても、お肌ツルツル。まったくもってうらやましい限りです。
おそらくは、ネフスキー大通りのストロガノフ邸に訪れたこともあったであろうヴィジェ=ルブラン。そんな彼女の、可愛らしい《自画像》に、早く会いたいものですね。
それでは、本日はこのへんで。
ダ スヴィダーニャ(さようなら)!
アートライター。現在「婦人公論」「マリソル」「Men’s JOKER」などでアート情報を執筆。アートムック、展覧会音声ガイドの執筆も多数。