コラム COLUMN
ズドラーストヴィチェ(こんにちは)!
アートライターの木谷節子です。
2012年のゴールデン・ウィーク、早くも「大エルミタージュ美術館展」に行かれた方はいらっしゃるでしょうが、「展覧会は始まったばかり、まだ行っていないよ」という方も多いはず。そんなあなたのために、本日から5章に分かれた美術展を1章ずつ取りあげ、私が気になった作品をいくつかご紹介したいと思います。展覧会的な目玉作品あり、そうでないものあり、また展覧会カタログやホームページには書いていないこともありますので、雑学的にお楽しみください。
というわけで、本日は第1章「16世紀 ルネサンス:人間の世紀」から始めましょう。前回も書いた通り、本展覧会はルネサンス以降400年の絵画の歴史より、その時代の顔ともいうべき作品を紹介する展覧会。本展の第1章では、16世紀を中心にイタリアのルネサンス期に活躍した画家たちの作品16点が並んでいます。
その中でも代表的な画家といえば、まずは16世紀ヴェネツィア絵画の巨匠、ティツィアーノ。エルミタージュ美術館の学芸員イリーナ・アルテーミエワ女史も、展覧会カタログの巻頭論文「時代の顔としての4点の名画」の中で、彼の《祝福するキリスト》を、「人間の尊厳を決して失うことのない」精神性あふれるキリスト像として挙げています。
また、《エジプト逃避途上の休息と聖ユスティナ》を描いたロレンツォ・ロットも、「色鮮やかさ」が特徴的なヴェネツィア派を代表する画家。彼の派手な色彩と演劇的なアクションを観た後で、べルナルディーノ・ルイーニの《聖カタリナ》などを観ると、「ほとんど同時期に描かれたのに、ずいぶん雰囲気が違うなあ」と思うことでしょう。というのはルイーニが影響を受けたのは、あの《モナ・リザ》で知られる万能の人レオナルド・ダ・ヴィンチ。彼をお手本にしているだけに、ルイーニの《聖カタリナ》は、謎の微笑をたたえ、とても神秘的な感じがします。
その他、当時としては大変珍しかった(に違いない)女性画家ソフォニスバ・アングィソーラや、エカテリーナ2世の長年の愛人グレゴリー・ポチョムキンが所蔵していた《ウェヌス》など、画家や絵画の由来など興味深い話題は尽きません。
が、ここでぜひ詳しくご紹介したいのが、バルトロメオ・スケドー二。前回もご紹介した《風景の中のクピド》の作者です。
このキューピッド、おしゃまな眼差しといい、ポニョッとした幼児体型といい、本当にかわいらしいですよね。本展ではその隣に、同じ作者の清らかな聖母子像《聖家族と洗礼者ヨハネ》が展示されており、これだけ観ると、スケドーニって子どもを描くのが得意そうだし、なんとなく「良さそう」な人に見えてしまうかもしれません。
ところが……、彼のたどった人生がスゴいんです。正確に言えば、ルネサンス期というよりはバロック時代の画家であるスケドーニは、1576年、あの高級スポーツカーで知られるフェラーリの本拠地、モデナ近郊に生まれました。父親が当時パルマ公国をおさめていたファルネーゼ家で仮面の製作を担当していたことから、彼はその才能をパルマ侯ラヌッチオ1世に見いだされ、ローマに留学。パルマに戻った後は、ラヌッチオ1世のお抱え画家として過ごしました。
破格の給与を与えられていたというスケドーニは、ラヌッチオ1世から家族のように扱われ、結婚の際には農地までもらったという愛されよう。ただし、彼がファルネーゼ家以外から仕事をする時は、ラヌッチオ1世の許可を得なければならなかったそうです。
そんな風に主君の覚えめでたい画家なので、さぞや優等生だったのかと思いきや、21歳の時には女性の取り合いで相手の男性を暴行し、29歳の時には仮面制作家を侮辱・脅迫して入牢。そして1615年、賭博に興じて一晩で一文無しになってしまい、おそらくそれがもとで39歳という若さで自殺してしまうのです。
その無頼ぶりは、何度も牢屋に入れられ、殺人を犯して逃亡中に死去したバロックの巨匠カラヴァッジオ(1571-1610、活動時期はスケドーニとほとんど同じ)の人生と比較されたりするのですが、スケドーニも喧嘩っ早く、彼が裁判沙汰になりそうな問題を起こすたびに、その才能を知る貴族たちが「まあ、まあ」と仲介に入ってくれたのだとか。
また、スケドーニは当時流行していたテニスのような球技のしすぎで、右手が使えなくなりかけたとも言われています。その後、この右手は使えるようになったのか? それとも右手の機能が戻らなくて左手で描くようになったのか? 実は 彼の自殺は手の損傷が原因だったりして……、なんて、いろんなことが気になりますね。
かわいいキューピッドや静謐な宗教画を描いていたからといって、その作者まで穏やかな人格者かと思ったら大間違い。でも、そんなこと知らなければ「かわいいね~」で終わってしまう作品も、「この絵の後ろに画家の荒ぶる魂が!」なんて思いながら観ると、印象はかなり変わるかもしれません。
それでは、本日はこのへんで。
ダ スヴィダーニャ(さようなら)!
©Photo: The State Hermitage Museum, St. Petersburg, 2012
アートライター。現在「婦人公論」「マリソル」「Men’s JOKER」などでアート情報を執筆。アートムック、展覧会音声ガイドの執筆も多数。