コラム COLUMN
ズドラーストヴィチェ(こんにちは)!
アートライターの木谷節子です。
来週よりいよいよ「大エルミタージュ美術館展」が始まりますね。本日は最後のエルミタージュ美術館探訪。前回は、美術館の華・絵画部門を紹介しましたが、今回は、エルミタージュ美術館の建築や展示空間について見ていきます。その前に、美術館の歴史を整理しておきましょう。
まず、エルミタージュ美術館の中でも最も大きな建築物「冬宮」は、ピョートル大帝の娘エリザヴェータ女帝が建築を命じました。ところが彼女はその完成一歩手前で崩御、次のピョートル3世は即位後わずか半年で妻のエカテリーナにより政権を奪われすぐに亡くなってしまうので、最初に「冬宮」の主となったのはエカテリーナ2世となります。その後、彼女は、プライベートな時間を楽しむ「隠れ家」として、現在の「小エルミタージュ」を建設。ここを飾る絵画225点をベルリンの商人から購入した1764年をもって、エルミタージュ美術館の創設年となったのは以前にも書いた通りです。
しかしエカテリーナ2世にとって、この225点は、当時「世界最大規模」と言われた美術コレクションのスタートにすぎませんでした。その後も女帝は、湯水のごとくお金を使って、「欲張りすぎる収集」を続行します。もちろん美術品の収納場所は「小エルミタージュ」だけでおさまるわけがありません。そこで彼女は、現在の「旧エルミタージュ」を新築。同時進行で、ピョートル大帝が建ててすでに廃屋となっていた初代「冬宮」を取り壊して宮廷劇場(現在のエルミタージュ劇場)を建てさせました。
こうして、エカテリーナ2世の時代に、現在のエルミタージュ美術館の全体像がほぼ見えてくるのですが、それから約50年後の1837年、ニコライ1世の時に「冬宮」が火事で焼けてしまいます。30時間以上燃え続けたという宮殿は、壁と1階の天井を残すのみとなりました。しかしこんな時こそ、絶大な権力を発揮するのがロシア皇帝!ニコライ1世は全国から職人や労働者をかき集めて、過酷な突貫工事の末、なんと15ヶ月で「冬宮」をもとの姿に現状復帰させるのです。ということは、現在私たちが見ることのできるエルミタージュ美術館は、エカテリーナ2世が建てたオリジナルのものではなく、ニコライ1世の時に再建された建物ということになりますね。
また、その頃、バイエルンで「美術館」という施設を見学したニコライ1世は、ロシアにも帝立の美術館をつくり、そこでロマノフ家のコレクションを公開しようと思いつきます。こうして、1852年に「新エルミタージュ」が完成するのですが、当時ここに入ることができたのは学者や芸術家、貴族のみ。しかも「美術館は王宮の一部である」との理由から、見学希望者は宮内省から特別な招待券(入館証)を出してもらい、男性は軍服または燕尾服、女性なら宮廷ドレスの着用必須、見学時間は1日たったの2~3時間という、なんとも窮屈な美術館でした。結局「帝立公共美術館」が無料で一般市民に開放され、ドレスコードがなくなったのは、その約10年後。アレクサンドル2世が任命した、初代館長ゲデオーノフが皇帝に進言したということです。
以上のようなことをふまえてエルミタージュ美術館の中を回っていくと、まず誰もが通るのが「冬宮」の玄関にあたる「大使の階段」。純白の大理石と緋色の絨毯、そして黄金の装飾に彩られた高さ20mにも及ぶ吹き抜けの空間で、文字通り、諸外国の大使たちがこの階段を上って皇帝に謁見しました。つまり、ここは初めてやってきた外国人に、ガツンと一発ロシアの国力を見せつける場。とりわけゴージャスにできているのですが、それがかえって映画のセットのようにも見える印象的な空間です。
皇帝の公務の場であったために、さまざまな儀式に使われた広間や大小の客間を見学できる「冬宮」では、「1812年戦争のギャラリー」なども圧巻。イギリスとロシアの画家が10年がかりで描き上げたというこの回廊には、ナポレオンとの戦争で勝利した祖国戦争で武勲をたてたロシアの軍人332名の肖像画が並んでいます。祖国戦争での勝利が、ロシアにとって非常に重要な出来事だったことがとてもよくわかる空間です。
「冬宮」の隣にある「小エルミタージュ」は、エルミタージュ美術館発祥の地。見どころは、やはりエカテリーナ2世がごく親しい「お友達」と過ごした「パヴィリオンの間」に尽きるでしょう。ロシア人の女性のガイドさんが、「小さい頃、ここに来てはよくお姫様ごっこをした」というこの部屋は、シャンデリアが輝く、とても女性的な場所。当時は花の咲き乱れる空中庭園に面しており、肉食系かつ大人のお姫様であるエカテリーナ2世は、この庭園の南側に離れを建て、愛人を次々と住まわせたということです。
「小エルミタージュ」から渡り廊下を抜けたところにある「旧エルミタージュ」には、「冬宮」の大時代なものとは違った、瀟洒な空間が広がっています。前回ご紹介したレオナルド・ダ・ヴィンチ《ブノワの聖母子》や《リッタの聖母子》など、主に盛期ルネサンスの作品が展示されている建物ですが、この2階部分にある「ラファエロ回廊」も必見です。ラファエロといえば、レオナルドと並ぶルネサンスの巨匠ですが、ここでは彼が壁画を描いたバチカンの回廊を、エカテリーナ2世がエルミタージュに再現させています。ラファエロの時代に流行ったグロテスク文様で長い廊下が埋め尽くされた空間です。
この「ラファエロ回廊」は、ニコライ1世が美術館として建てた「新エルミタージュ」につながっており、ここでは前回ご紹介した、レンブラントをはじめとするオランダ絵画やスペイン絵画、ルーベンスなどのフランドル絵画などが展示されています。また、その1階には、古代ギリシャやローマの彫像が並ぶ素晴らしい展示室もありました。ところが、来館者は皆、絵画の方に流れてしまうようで、私たちが行った時にはエルミタージュの古代彫刻独り占め状態。怖いくらいに静まり返った空間で、古代彫刻と対峙することができました。古代の彫刻や文明を紹介している「新エルミタージュ」1階は、かなりの穴場なのかもしれません。
それから場所は「冬宮」になりますが、個人的にとても楽しめたのが、「ニコライ2世の図書室」など、各時代のインテリアを展示したセクションです。というのは、正直な話、エルミタージュ美術館で名画やキラキラした装飾ばかり見ていると、なんだかお腹いっぱいになっちゃうんですよね。そんな時に、帝政以前からアール・デコまで、上流階級の人々が楽しんだであろうステキ空間を体験することは、感性をリフレッシュさせるのに最適。今後エルミタージュ美術館に行く予定があって、なおかつ現地で時間がたっぷりある方は、絵画だけでなく彫刻やインテリアの展示をご覧になるのもおススメです。
それでは、本日はこのへんで。
ダ スヴィダーニャ(さようなら)!
アートライター。現在「婦人公論」「マリソル」「Men’s JOKER」などでアート情報を執筆。アートムック、展覧会音声ガイドの執筆も多数。